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川上未映子|mickipedia

我思う、つまりただそれ~『わたくし率 イン 歯ー、または世界』の解釈・感想~

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俺は俺なんだよ!
いや、俺は俺であることすら捨ててやる!
クエスチョンだ!ハテナマークだよ!
物体Xだ!
どうだ恐いだろう!なあ !?

金城一紀『GO』



川上未映子さんの小説第一作『わたくし率 イン 歯ー、または世界』について今更書きました。



目次
■はじめに、私の『自分論』
■題名の意味
・「わたくし」とは
・「わたくし率」とは
・「歯ー」とは
・まとめ
■問題は何か
■結論
■終わりに



■はじめに、私の『自分論』
「ある物事に明確な境界線を引くことは難しい」
これは私が常々思っていることである。
国の境界線、男女の境界線、生死の境界線、etc...
どれに対しても線の引き方は幾通りもあり、どのように線を引いても問題が紛糾する。

そして同様に私は「自分と世界の間」に明確な境界線を引くこともとても難しいのではないかと考えている。
例えば、爪を切るときのことを思い出して欲しい。
切る前の自分に付いている爪を、自分ではないもの、すなわち自分と世界の境界線の外側のものと考える人はあまりいないだろう。
しかし爪を切った途端にその爪は境界線の外へと弾き出されてしまう。
いつ?なぜ?

他の例をあげよう。
クライミングにおいてシューズはとても大切だ。
唯一登攀に使うことの出来る自分以外の道具なのだから。
しかし登っていると時折、シューズの先まで自らの神経が行き届いているような気分にさえなる。
そうなったとき、もはやシューズは自分の一部、境界線の内側と言えるのではないだろうか。

そう考えたとき、この肉体のどこまでが自分なのか。
逆に、どこからが自分ではないのか。
そんな疑問が沸いてこないだろうか。



■題名の意味
『わたくし率 イン 歯ー、または世界』
奇妙な題名である。
見る人の注目を一瞬で引き付ける。
まず題名の意味を簡単に解説しよう。


・「わたくし」とは
川上氏はなぜ一人称に「わたくし」を選んだのか。
少なくとも「わたくし」と「わたし」と「私」それぞれ使い分けて、意味を持たせている以下の記述が見られる。

わたしと私をなんでかこの体、この視点、この現在に一緒にごたに成立させておるこのわたくし!
ああこの形而上が私であって形而下がわたしであるのなら、つまりここ!!
この形而中であることのこのわたくし!!
このこれのなんやかや!

P82



つまり、形而上の自己を語る言葉を「私」
形而下の自己を語る言葉を「わたし」と使い分けた上で、
その二つが一致する場所である形而中の自己を語る言葉を「わたくし」と定義している。

この概念は非常にわかりづらいが、噛み砕くと
心の自己と肉体の自己を一致させているまさにこの自分が「わたくし」
の様な認識で良いと思う。

注)ちなみに形而中という言葉は僕は本書で初めて目にしましたが川上氏が愛読する池田晶子尾崎翠も使っている言葉みたいです。このあたりもちゃんと読まないとなぁ。


・「わたくし率」とは
わたくし率とは「わたくしである割合」を意味する。
川上氏は以下の記述で「率」を確率という意味でも使っているが、
確率という意味の「率」も、割合という意味での「率」も本質的には同じと考えて良いであろう。

あんたら人間の死亡率。
うんぬんにうっわあうっわあびびるまえに人間のわたくし率こそ百パーセントであるこのすごさ!
ああ!わたしはいまや、なんでか不快であったわたくし率がなんでか愉快でたまらん気持ちになって来た!

P82




・「歯ー」とは
「歯ー」の「ー」の部分はおそらく肉体のあらゆる部位を指すと考えて良いはずである。
歯に対して様々な記述が見られると同時に、特段歯にこだわっているわけではなく、
歯はあくまで例示的に取り上げられているものに過ぎない。

わたしは歯って決めたねん、
わたしは歯って決めたんや、

P81



ちゃうんや、脳でもええんじゃ、なんでもええんじゃ、
私をどこに置いてもええんじゃ、
置いても置かんでもそんなもんはたから見たらおんなじなんや、

P81



猫はひげを私と決めたんですってね、
猫のわたくし率はとっきんとっきん!

P83




・まとめ
即ち、『わたくし率イン歯ー、または世界』とは

「わたくしが肉体の部位、例えば歯、に占める割合」
または
「わたくしが世界に占める割合」


という題名であると考えることができる。

しかし、このままではSo what?なので次に本書の問題提起が何であるかを考える。


■問題は何か
本書が提起している問題は

「形而上の自己と形而下の自己はなぜ一致しているのか。その一致したものを形而中の自己と呼ぶならば、形而中の自己はどこにあるのか。」
即ち
「私とわたしはなぜ一致しているのか。その一致したものをわたくしと呼ぶならわたくしはどこにあるのか。」

であると思う。

お母さんの世界には、体を持ち、同時にそこに意識を持った人たちが数え切れないほどいて、
その誰もに他人と自分を間違えようのない、私、としか名づけようのない、
なにか中心のようなものがあって、そこからそれぞれの世界を開いているのですよ。
お母さんにもそれがあって、なんで、お母さんの私はお母さんのここに、この体に、
このようにして一致してしまっているのですかしらねえ。
それはどれだけ筋道を立てて一生懸命がんばったとしても、納得のいく答えの出ない問題で、
これを奇跡というのだという人もいるのです。

P39



脳のあらへん状態で・私が存在したことが・この今まで一度もないのであって・
脳がないなら私はいないと・そういうことは云いたくはなるけれど脳があるかぎり誰にも証明することが出来ません・
そやので私というものは・脳とは関係ないかも知れませんしもしかしたらやっぱり関係あるのやも知れませんけれども・
人がどこ部で考えてるんかということが・もちろんそれが脳であってもまったくぜんぜん何も問題ないんですけど・
脳なしで考えたことがない以上は・私はかかとで考えてるのかも知れへんし・
肩甲骨で考えてるのかも知れへんし・もしかしたらベタに目玉で考えてるのやも知れませんし・
でもってそれらのどれも欠けたことがないのであってこれはじっさい、大変やあ・
これはすべて並列な可能性・なので私は・鏡の奥に映して見える・鏡の奥に移せば見える・
この奥歯を私であると決めたのです

P12



「形而上の自己と形而下の自己はなぜ一致しているのか」ということは誰しも考えたことがあると思う。
なぜ私はこの体から抜け出せないのか、なぜ私はあなたの肉体に入れないのか。
まさに坂本慎太郎のいう

鏡にうつってるあんたっていったい誰なんだっけ?


状態になったことがある人も少なくないだろう。

この問題は意識の境界問題意識のハードプロブレムと言われている問題であり、現在の科学で答えを出すことは難しい。
というより「なぜ~か?」といった類の問題はそもそも科学の守備範囲ではない。
なぜ重力が存在するのか?それに対して科学は答える責任がないのと同じように。

ただ少なくとも
「わたくしがこの体、または世界のどこにいるのか」
という問いに対して科学は「脳」という一つの答えを出しているわけだけれど、
川上氏のように
「いや、自分脳なくなったことないから脳に形而上の自己が存在するとか知らねえっす」
と言われてしまえば、それまでである。

つまりここで提起された問題は科学的に答えることのできる範疇外の問題である。
理詰めでは回答不能なわけだ。
ではどう答えるか。



■結論
それはもちろん文学的に答えるのだ。

ちなみに文学とはwikipedia大先生によると

言語のあらゆる力を活用して受け手への効果を増大させようとするもの


である。

それにあたって川上氏は偉大な先人、川端康成の『雪国』のあの有名な出だしをこう利用する。

青木は、雪国、という昔の日本の小説の、
<国境の長いトンネルを抜けると雪国であった>、
という書き出しをお母さんに見せて、この文章の主語はなんだと思いますかと聞いたのです。

P49



あの文章は、どこ探しても、わたしはないねん、私もないねん、
主語はないねん、それじたいがそれじたい、なあなあなあなあ素敵やろ、
主語がないねん、こんな美しいことがあるやろか!

P83



「それじたいがそれじたい」
そう。
形而上の自分は形而上の自分。
形而下の自分は形而下の自分。
どこで一致しているとか知らない。放棄。
それじたいがそれじたい。

この回答は私は文章の書き方以外にも2つの点でレベルが高いと思っている。
一つ目は、本書では
「私とわたし」
「お母さんと子供」
「舌(歯医者のベッド)の中の口」
など入れ子構造を多く使っているが、そこへ『雪国』を持ち出して、文学の中の文学という入れ子構造を再び持ち出し、結論を導いているという点。

そしてもう一つは「自殺」をした川端康成を取り上げている点。
川端康成は「わたしが私を殺した」作家なのである。


そして最後に川上氏はこんな文章でしめている。

雪国のあのはじまりの、わたくり率が、限りなく無いに近づいている同時に宇宙に膨らんでゆくこのことじたい、
愉快も不快もないこれじたい、青木がわたしに教えてくれた、何の主語のない場所、
それがそれじたいであるだけでいい世界、それじたいでしかない世界、
純粋経験、思うものが思うもの、思うゆえに思うがあって、
私もわたしもおらん一瞬だけのこの世界、思う、それ

P106





■終わりに
ま、こんな感じです。
・・・長い。笑

それにしても主張も面白いのだけど、それ以上に川上未映子さんは本当に選ぶ言葉とリズムが美しいですね。

また他の本でも書いてみたいです。





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